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とうじゅうろうのこい
藤十郎の恋・恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁
そして、その決心をやっと押し通して来たが、ただ一度だけ危くその覚悟を破りかけたことがあるのです。恥を云わねば分らないが……」と祖母は一寸云い憎くそうにしましたが、
「自慢じゃないけれど私は、子供を連れた出戻りであったけれども、お嫁さんの口は後から後から断りきれないほどあったのですよ。三千石取の旗本の若様で、再婚でも苦しくない、子供も邸に引取っても、差支えがないと云うような執心な方もあったけれど、私の覚悟はビクとも動かなかったのです。娘が、大きくなるまでは、世間とも余り交際しない積りで、向島へ若隠居をしてしまったのです。その話は幾度もしたけれど――向島へ行って何年目だろう、私が何でも二十四五になった頃だろう。御維新になろうと云う直ぐ前でしたろうか。私は、自分の暮しが、何となく味気ないような淋しいように思い始めて来たのです。それで、やっぱり家にばかり、引込んでいるから、退屈をするのだろうと思って、その頃五ツか六ツになった娘を連れて、よく物見遊山に出かけるようになったのです。今までは世間からなるべく離れよう離れようとした私が、反対に世間が何となく懐しく思われて来たのです。