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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

と、浅にばかりくっ付いている。そう思うと、弥助の入れてくれる一枚の他には、今一枚を得る当は、どうにもつかなかった。乾児の中で年頭でもあり、一番兄分でもある自分が、入れ札に落ちることは――自分の信望が少しも無いことがまざまざと表われることは、もう既定の事実のように、九郎助には思われた。不愉快な寂しい感じに堪えられなくなって来た。

一本しか無い矢立の筆は、次から次へと廻って来た。

「おい! 阿兄! 筆をやらあ」

ぼんやり考えていた九郎助の肩を、つつきながら横に居た弥助が、筆を渡してくれた。弥助は筆を渡すときに、九郎助の顔を見ながら、意味ありげに、ニヤリと笑った。それは、たしかに好意のある微笑だった。『お前を入れたぜ』と云うような、意味を持った微笑であるように九郎助は思った。そう思うと、九郎助は後のもう一枚が、どうしても欲しくなった。後の一枚が、自分の生死の境、栄辱の境であるように思われた。忠次に着いて行ったところで、自分の身に、いい芽が出ようとは思われなかったが、入れ札に洩れて、年甲斐もなく置き捨てにされることがどうしても堪らなかった。浅太郎や喜蔵の人望が、自分の上にあることが、マザマザと分ることが、どうしても堪らなかった。