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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

かれは、筆を持ってぼんやり考えた。

「おい! 阿兄! 早く廻してくんな!」

横に坐っている浅太郎が、彼に云った。阿兄! と云いながらも、語調だけは、目下を叱しているような口調だった。九郎助は、毎度のことながらむっとした。途端に、相手に対する烈しい競争心が――嫉妬がムラムラと彼の心に渦巻いた。

筆を持っている手が、少しブルブル顫えた。彼は、紙を身体で掩いかくすようにしながら、仮名で『くろすけ』と書いた。

書いてしまうと、彼はその小さい紙片をくるくると丸めて、真中に置いてある空になった割籠の蓋の中に入れた。が、入れた瞬間に、苦い悔悟が胸の中に直ぐ起った。

「賭博は打っても、卑怯なことはするな。男らしくねえことはするな」

口癖のように、怒鳴る忠次の声が、耳のそばで、ガンガン鳴りひびくような気がした。彼は皆が自分の顔を、ジロジロ見ているような気がして、どうしても顔を上げることが出来なかった。

吉井の伝助は、無筆だったので、彼は仲よしの才助に、小声で耳打ちしながら、代筆を頼んだ。

皆が、札を入れてしまうと、忠次が、

「喜蔵! お前読み上げてみねえ!」と言った。