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かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ
魯山人書論
北大路 魯山人
線上閱讀北大路 魯山人《魯山人書論(かんしょうりょくなくしてしゅうじするなかれ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 84,639 字 · 175 頁
ようでなければ、その作品は生きたものといわないと思うのである。技術も内容も膠着して、いつも判で捺したように、なんら変化のない死作の連続が生まれるのは、畢竟、何物に囚われて、日々新たなる心境を喪失してしまっている証拠で、芸術上の生命は根本的に奪われているといわねばならない。
これを良寛様の書に見るとき、殿下のお言葉の如く「その時々」の心境から生まれ出た気分が、素直になんの囚われもなく表現されていて、日々新たな停滞するところのない生活心情が窺われるのである。また、私の特に感心していることは、良寛様の書には、世間の坊さんのような坊さん臭さがないことである。坊さんの書というものは、とかく坊さん型にはまっているもので、大抵は一見坊さんの書であると判るのが常である。坊さんであっても坊さん型に囚われないというのは、余程の見識であると見てよいのではなかろうか。黄檗などはいうに及ばず、大徳寺の名僧たちでさえ、(春屋禅師などを除いては)殆どすべてがいわゆる僧侶型に縛られている。江月和尚の如きでさえ、大体は僧侶型を脱してはいないのである。書の善悪、美醜は別として、大宮人には大宮人型、儒者には儒者型、歌人には歌人型、俳人には俳人型というのがあって、俗にいう味噌の味噌臭さを免かれ得ないのが世間の通常である。