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さんごくし
三国志(五)
吉川 英治
Read 三国志(五) (さんごくし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N1. Tap a word for the meaning.
N1 · advanced · modern kanji and kana · 325,249 characters · 653 screens
魯粛はしきりに知りたがって訊ねたが、孔明はただ、
「この深い夜靄がはれたら分りましょう。まあ、ご心配なく」
と、ばかりで、杯を舐めては、独り楽しんでいるかのようであった。
しかし、魯粛としては、気が気ではなかった。舳艫を連ねて北進して行く船は、行けども行けどもさかのぼっている。
「もしやこのまま、二十余艘の軍船と兵と、この魯粛の身を土産に、夏口まで行ってしまうつもりではあるまいか?」
などと孔明の肚を疑って、魯粛はまったく安き思いもしなかった。
その夜の靄は南岸の三江地方だけでなく、江北一帯もまったく深い晦冥につつまれて、陣々の篝火すらおぼろなほどだったから、
「かかる夜こそは、油断がならぬ。諸陣とも、一倍怠るなよ」
と、曹操は宵のうちから、特に江岸の警備に対して、厳令を出していた。
彼のあたまには始終、(呉兵は水上の戦によく馴れている。それに比して、わが魏の北兵は、演習が足りていない)という戒心があった。
敵の数十倍もある大軍を擁しながらも、なお驕らず、深く戒めているところは、さすがに曹操であり、驕慢が身を亡ぼした沢山な先輩や前人の例を見ているので、その轍を踏むまいと、常に反省していることもよくうかがわれる。