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みやもとむさし
宮本武蔵
吉川 英治
Read 宮本武蔵 (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 185,809 characters · 369 screens
四
草の葉で切れた唇に血がにじんでいた。その唇を噛みしめると、ほろほろと涙がながれ、血といっしょに白い頤をこぼれた。
「ほ……おつなことをいうな。こいつはまんざらキ印でもねえとみえる」
「あたりまえさ!」
ふいに相手の胸いたを突くと、朱実は、そこを転び出して、見えるかぎり夕月にそよぐ萱の波へ、
「人殺しっ、人殺しイっ……」
四
その時の精神状態からいえば、朱実より八十馬のほうが、一時的ではあるが、完全な狂人であった。
昂ぶりきった彼は、もう、技巧をこらしてなどいられない。人間の皮をかなぐりすてて、情痴の獣になりきってしまう。
――たすけてえっ!
青い宵月の光を、十間とは走らないまに、朱実は獣に噛みつかれた。
白い脛が、無残にも闘い仆れ、自分の黒髪を自分の顔へ巻きつけて、朱実は頬を大地へこすった。
春が近いといっても、まだ花頂山から落ちてくる風は、蕭々と、この野を霜にするかと思われた。悲鳴に喘ぎたてる真白な胸が、乳ぶさが、露わに冬風に曝され、八十馬の眼を、さながら炎の窓にしてしまう。
するとその耳の辺りを、何者か突然、ごつんとおそろしく堅い物で撲った。
八十馬の血液は、そのため、一時五体の循環を休止して、打撃をうけた箇所へ集まり、神経の火がそこから噴いたように、