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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 180,256 characters · 361 screens
「どうした。瞼が赤う腫れておるが――」
と、小六は、亀一の眼を舐めてやる。亀一は、父の顔を引っ掻いて膝の上であばれた。
「蚊に喰べられたのでございましょう」
「蚊ならよいが」
「寝ても暴れて、蚊帳の外へ、ころげますので」
「寝冷えさすな」
「はい」
「疱瘡に気をつけよ」
「仰せまでもございませぬ」
「夫婦が仲の初の児。いわばおぬしと俺との、これは初陣の賜物」
「ホ、ホ、ホ」
開けひろげた寝所へ、夏の朝風が吹き流れてくる。カーン、カーン、と何処かで鍛冶の鎚音がたかく響くのも、寝覚の耳には、快かった。
その鎚音を聞くと、
「どれ」
小六はもう、わが児を膝から捨てて顧みなかった。妻の笑顔も、眼になかった。
風雲の裡へ。
動流の中へ。
今や、麻のごとく乱れていると知る天下の一角へ。
小六の若い血、逞しい体は、大きな野望を期しているもののよう、和やかな一時を振り棄てて、その室から出て行った。
書院に坐って、朝の茶を静かに啜るでもない彼である。衣服をかえ、顔を洗うと、もう外庭へ出て、大股に歩いてゆく。
鎚の音が近くなる。
小道をはいって行くと、森の中に、祖先以来、斧を入れなかった大木を伐採して、新しい平地を拓き、そこに二棟ほどの鍛冶小屋が並んで建っていた。