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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
後宮を茨の園と恐れにおののくわけもない。
が、やがて彼女は、みかどの寵幸が厚うなればなるほど、准后の廉子の監視がたえず身にそそがれているのに気づいた。廉子ときけば、后町の局々、あまたな寵姫も、みなお姑のようにおそれ憚っているのである。それに内侍はいつか帝のおたねをやどしていた。
身をいとしんで、珠の御子を産めと、彼女は実家へさげられた。すると或る日、兄の行房が来て、ひそかに妹へ「おろしたがよい」とすすめた。「……兄がこの目で見た小宰相ノ君のような例もあるからのう」と、恐ろしいことをいて聞かせた。
かつて、みかどが隠岐脱出のさいには、なおまだ三人の妃がおそばに仕えていた。廉子、大納言ノ局、小宰相の三名である。ところがそのうちで身ごもっていた小宰相ノ君だけが、伯耆ノ地に上陸後には、いつのまにか見えなくなっていた。
……ふびんや、過ッて船着きの折、海へ落ちて。
と、廉子は後日、傷ましげに奏していたが、じつは追手にせまられた混乱中、その廉子が船上から波間へ突きおとしたものであった一瞬を、運悪く行房だけがふと見ていたのだった。――いらい行房はどうかしてこの悪夢を記憶から打消そう打消したい――と念じて今日にいたって来たが、妹のそちがおなじ立場になってみては黙っておれぬ。