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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
霧の中
ところが今朝からその下御所の令には、正成の首は面目にかけてもわれらの手で挙げよという厳命だった。――つまり師業は忠実にそれを奉じたものだろう。師久は、従兄弟にしてやられたとは思ったが、相手が赤松や細川ではなし、一族なので、くやしくはなかった。
すでに、下御所の陣地では、彼がそこへ行ってみると、直義はその師業と共に、正成の首級をたずさえて、尊氏の本営へ出向いたというあとであった。
そしてまた、尊氏の営は、さきの宝満寺を引きはらって、はやくも、逆瀬川の川尻のひがし、魚見堂へ、その本営を移したということでもある。
霧の中
そこはいま、無事平穏なこと、颱風の目のようだったが、じつは全風速圏の求心点といってよい。
尊氏のいる所であった。
「いくさも、はやそこそこか」
と観た、見とおしのもとに、彼はこの魚見堂へ、本営をすすめていた。――逆瀬川と湊川の口が大きく海へくびれを作し、附近の低い砂丘や小松ばらが、彼の床几場をかこっている。そしてすでに、きょうの天下分け目のたたかいを、その姿は、
「しすましたり!」
と、しているふうであった。また彼の多感が、彼の内に、しきりな感慨を誘っているもののようでもある。