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「もくせい」ごうのなぞ
中谷宇吉郎集 第六巻
中谷 宇吉郎
Read 中谷宇吉郎集 第六巻 (「もくせい」ごうのなぞ) by 中谷 宇吉郎 (なかやうきちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,784 characters · 269 screens
今度のピカソの展覧会については、いろいろな議論がされているようである。「マチスはまあ分るが、ピカソはどうも」というのが、一番無難なせりふになっているらしい。なかなかせりふにも気を使わねばならないもののようである。しかし私のように、天山北路の沙漠の中に埋れていた絵に凝っていれば、そういう気骨は折れないので、気持は甚だ楽である。
ところでピカソは敬遠するとして、この頃の西洋のいわゆる新しい絵について、この八戒の話をちょっと思い出したことがある。妙な片輪の人体の一部とか、骸骨とか、われわれの感情に全く無縁な機械の部分品とかが、ただむやみと雑然と、二重写しの写真のように描き出されている絵がよくある。ああいう絵を日本人が理解しようとすることは、ひょっとしたら、出来ないことではないであろうか。
一般の西洋人が降魔図から受ける印象と、孫悟空や八戒とともに育ってきた私たちが、この絵から感ずるものとは、本質的に異なっていても、ちっとも不思議ではない。
東洋画の心髄は、見る人を協同製作者として持つところにあるということは、既にいろいろな人によっていわれている。茶の湯の芸術は、鑑賞家が演出者を兼ねるところにあるということも、谷川(徹三)さんをはじめたくさんの人のいわれるとおりである。