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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
Read 五瓣の椿 (ごべんのつばき) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,721 characters · 296 screens
そして、興行のあるとき以外は見廻りがやかましいからなるべく早く、と囁いた。おしのは頷いて、うす暗い階段を、音のしないようにすばやく登っていった。――母親とよく来たことがあるから、「桐」という座敷はすぐにわかった。雨戸が一枚あけてあるだけだし、もう黄昏れていて、灯のないその十一帖の座敷はひっそりと暗く、寒さが身にしみとおるように思えた。
おしのは両袖へ手を入れ、それを胸の上で重ねて、ふるえながら、壁に立てかけてある一双の、たたまれた屏風を見まもった。
――正月はたいてい松と鶴の絵だった。
おしのはぼんやりとそう思った。
――切り金の地に松と鶴を描いた屏風が立てられ、百匁蝋燭の燭台が輝き、蒔絵の膳部が並び、役者や芸妓がとりもちに坐った、眩ゆいほどの光と、華やかな色彩と、唄や鳴り物や嬌声が……この座敷いっぱいにくりひろげられたものだ。
自分も幾たびかそういう席に坐った。役者や芸妓や、桝屋の人たちに世辞やあいそを云われて、いい気持に美味い物を喰べたり、芝居の話に胸をときめかしたりしていた。
――お父つぁんの倒れるまでそうだった。
父はいつも店に坐っていた。