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げんじゅつてんまたろう
幻術天魔太郎
野村 胡堂
Read 幻術天魔太郎 (げんじゅつてんまたろう) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 45,616 characters · 90 screens
大猿の出現
夕方から宵の六ツ半(七時)ごろまで、大牢の内外、のこるくまなくさぐってきましたが、月子やお千代の顔を見ると、
「こまったことに、伝馬町の大牢の守りはおそろしく厳重だ。いかな幻術の力でも、あれをやぶる工夫はなく、うっかり水火の術をもちいると、多くの人にけがをさせなければならない。牢番頭の同心、太田原伝三郎は、牢のカギをあずかっているのだが、あれさえ手にはいれば」
と、思案もつきて嘆息するのです。天魔太郎は、あすにせまるこの大難局をどうやりとげるでしょう。
大猿の出現
「お、なにやらもの音が――」
天魔太郎がおっとり刀で縁がわへ出たのは、その夜の四つすぎ(十時)でした。雨もようの春の夜はウルシのようにまっくらで、どこからか花のにおいがただよってくるのが、みょうにこの闇を怪しいものにしております。
「お兄さま、猿が」
うしろからのぞいたのは月子でした。
「お、次郎坊ではないか」
縁がわにしゃがんているのは、あの丹沢の山奥に住んでいた夫婦猿のうちの雄、次郎坊の人なつっこそうな顔だったのです。
「どうしておまえは、ここへきたのだえ?」
月子はなつかしそうに、大猿の次郎坊の首のあたりをなでましたが、ふと気がついたのは、次郎坊の首に見たこともないうつくしい首環がはめてあることでした。