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はるいくたび

春いくたび

山本 周五郎

Read 春いくたび (はるいくたび) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 70,094 characters · 142 screens

Aozora Bunko

初午試合討ち

一

一

「大変だあ大変だあ、頭いるか」

表からやみくもに跳込んできた安吉、お天気安という綽名のある若い者だ、――ちょうどいま上りっ端で、愛用の鳶口を磨いていたは組の火消し頭佐兵衛、

「ええ騒々しいや、頭アいるかって眼の前にいるおいらが見えねえのか」

「ほ、まったくそうだ」

「呆けてやがる、なにが大変だ」

「なにがって落着いてちゃあいけねえ、は組の若い者が全滅だ」

「この野郎、云うにこと欠いては組の若い者が全滅たあなんだ、貘がおとといの夢を吐きゃあしめえし、途轍もねえことをほざくと向う脛をかっ払うぞ」

「嘘じゃねえ、まったくの話だ」

お天気安は眼を白黒させながら、

「なにしろ頭、井杉灘屋で浪人者が暴れてたんだ、そこへ辰兄哥が通りかかったもんだから、よしゃいいのに例の調子で停めにはいった」

「なにを云いやがる、町内の紛擾に口をきくなあおれっちの役目の内だ、それでどうした」

「するてえと浪人者がはたして怒った」

「なにがはたしてだ」

「いきなり大刀を抜くてえと、真向から辰兄哥をばらりずんと斬り放した」

「――野郎」

というと佐兵衛も気が早い、いま磨いていた鳶口を持直すなり、ぱっと表へ跳び出した。