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はるいくたび
春いくたび
山本 周五郎
Read 春いくたび (はるいくたび) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 70,094 characters · 142 screens
「これはこれは」と兵馬も坐り直した。
「どうもかような見苦しいさまを御覧にいれて、なんとも面目がございません、ひらに――」
「兵馬さま」小浪はちらと四辺を見まわして、
「先日、ゆっくりお話し申す隙もございませんで名残惜しゅう存じました。じつはあたくし――あなたさまのお帰りを、どんなにお待ち申していたか知れないのです」
「しかし、そんなことは今さらになって」
「いいえ、あなたはなにも御存じないのです」
小浪は声をひそめていった。
「拙者が、なにを知らぬとおっしゃる?」
「父は不意の出火で焼死いたしました、――あなたもそれは御存じでございましょう?」
「うかがいました」
「嘘です!」小浪は袖で眼を押えながら、「焼死したのではございません。父の死体には……刀痕がございました」
「――――」
「誰も気付かなかったようですが、あたくしははっきり見ました、肩から胸へかけて、鋭い刀痕がありありと残っていたのです」
兵馬はいきなり燗徳利を取ると、盃洗へあけてぐぐぐと呷りつけたが、――どう思ったかそのままごろりと仰反に倒れて、
「そんな話は、伺ったところでしようがない、あなたはもうすぐ甲子雄の嫁に……」