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ばいりせんせいぎょうじょうき
梅里先生行状記
吉川 英治
Read 梅里先生行状記 (ばいりせんせいぎょうじょうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 209,260 characters · 418 screens
三
いまの元禄の江府や、諸の小都市は、そうした弊風に荒みきっていた。もちろん時代風紀は水戸にも蝕い入っていたが、からくもその濁風にみじん染まない若人のみは、老公をめぐって、無上の絢爛、贅たく、享楽、その日ぐらし――などとはおよそ反対な素朴を守りあっていた。
「悦之進、手燭をもて」
老公はそういうと、席を立って縁先へ出た。
はき物をと、求めるらしい容子なので、つづいて立った人々のうちから、ひとりが急いで沓ぬぎへそれをおいた。
「どこじゃ、その梅の木は」
「は。こちらです」
ぼんぼりを持って、悦之進はさきに歩いた。老公の白いひげに明りがゆれて行く。――客の大半も、それ見たさに、畏る畏るついて行った。
三
「この木でございます」
明りをそれへ近づけながら悦之進は、うしろの老公をふり向いた。
ふた抱えもありそうな古梅。
白緑の斑点がまるで龍のからだのように見えた。切り削がれた幹の生肌二尺あまりの痕へ、墨の文字がながれ滲んでいるのを見つめていると、木の生命が感じられてくる。――いや文字のひとつひとつも哭いているように見えた。
「…………」
老公はそれに対したまましばらく一語も発しなかった。