Japanese reading practice

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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 167,285 characters · 330 screens

Aozora Bunko

もうすっかり力尽きたようにみえたが、突然、激しく跳ねて、水際へと転げ落ちた。

宇乃がまあこわいと云ったとき、水の音がしたので振返ると、石を洗って流れる、水際の浅瀬に、半ば身を浸して、その鯉の大きな眼が、宇乃のほうを見て、ぐるっ、ぐるっと動いた。宇乃は「あ」といって、甲斐に、両手でしがみつき、その胸へ顔を押しつけた。

甲斐はどうしたと云い、片手で宇乃の背を抱いた。宇乃はふるえていて、しがみついた両手に、けんめいな力のこもっているのが、感じられた。

あの鯉が自分のことをにらんだ、という意味のことを、宇乃がふるえながら云った。甲斐は笑って、宇乃の背を撫で、にらむなら私をにらむ筈だ、と云った。

「見てごらん、もう川の中へ逃げてしまったよ」

宇乃はそろそろと眼を向けた。水際にはもう鯉の姿はなく、水に研がれたまるい石ころが、流れの波紋にゆらゆらと揺れて見えた。宇乃は甲斐から静かにはなれ、ぼうと頬を染めながら、両手で顔を隠した。

石を踏む音がして、少年の辻村又之助が来た。

「伊東七十郎どのがおみえになりました」と又之助が云った。

甲斐は不審そうに又之助を見、七十郎だって、と訊き返した。