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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
Read 牢獄の花嫁 (ろうごくのはなよめ) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 162,213 characters · 325 screens
しかし、それよりも、もっと彼を驚かしたのは、路向うから、怪美人の手招きにつれて、のそのそと、側へ寄って来た田舎漢だ。――それは、奉行所の牢内にいるはずのあの唖聾ではあるまいか。
われを忘れて、彼が、ぴくッと、起ち上がろうとすると、同じように、死んだまねをしている老先生の手が、胸の下で、ぐいと、抑えた。
(ああさすがは老先生だ。捕物にかけては、まったく神だ。どうして、この二人が、あとから尾いて来るのを知って、巧々と誘き寄せたのだろうか)
と、耀蔵は、ときめく胸の中で、今さら、塙江漢の六感のするどさと、その鬼謀に、舌をまいていた。
怪美人の玉枝は、まさか、さっきからの老先生の狂態が、自分をひきずる操りの糸だったとは夢にも気がつかない。――彼女は、今夜、彼女たちが奉じる悪の一党の首領が、その黒幕から指令するところがあったので、奉行所内に忍びこんで、唖男と、掏児の新七とを、外部から、牢の合鍵をもって、やすやすと、破獄させて来たのであった。牢をまちがえて、郁次郎の藪牢に近づいて、その姿が、花世に生き写しなために、あわれな、明日は斬られる獄人の彼の眼に、恋人の幻覚をえがかせた罪なわざも、まったく、この玉枝だったのである。