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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
Read 牢獄の花嫁 (ろうごくのはなよめ) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 162,213 characters · 325 screens
百振とは、大剣を払って、居合の素振りを試みることである。――そして、陽を拝し、登城の支度にかかるのが例であった。
――今朝も、的場に出て、采女という小姓を相手に、ヒュッ、ヒュッとしきりに矢うなりを切っていると、
「あっ、誰だ?」
と、突然、びッくりしたようにその采女が、松の幹を見あげた。
ぷつんと、一本の矢が立ったのである。
それは、主人の左近将監が放した矢とは違っているし、また、左近将監が、的を外して、そんな所へ射るはずもない。たしかに、裏の門を越えて、塀のなかへ飛びこんで来た流れ矢にちがいなかった。
「たれの仕業か。不埒な奴」
と、采女が、駈けだそうとすると、
「待て待て。それは矢文のようだ。これへ持て」
と、左近将監が、彼方で、声をかけた。
「え、矢文?」
手をのばして、抜き取ってみると、なるほど、妻羽白の矢羽の下に、ほそい、書状らしいものが、結びつけてあった。
「殿。なにか、訴文のようにござりますが」
「ははあ、さては、寛永寺の訴訟に関係のあるものが、何か、言い分を、矢文に托してこの屋敷に射込んだものとみえる。――然るべき手続きもふまずに、左様なものを取り上げては、この後の悪例となる。