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しほんたいへいき

私本太平記

吉川 英治

Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 126,598 characters · 254 screens

Aozora Bunko

「やっ、六波羅舟か」

「しまった。川番所の兵だ」

七名の郷士らは、一せいに。

「船頭、何をたじろぐ。このまま、早くやれ」

「舟あしを落すと、ただはおかんぞ」

口だけの脅しではない。中の二人は抜刀して、船頭の背へ、白刃を突きつけた。

覚一と尼は、舟の片すみへ、生ける空もなく、縮まり寄った。後ろからは、追い風に乗って、

「待たぬか」

「その舟待てっ」

と、速舟の櫓音がいよいよ烈しい。逃げて行く帆もそれに負けず、狂気の翼を風の空に鳴りはためかせる。

「ようしっ」

やがてのこと、誰かが言った。帆の力は、ついに速舟の影を遠くにしていた。

「そこは橋本ノ宿。八幡まで、あとは歩こう。船頭、岸へ着けろ」

ほどなく、狂った舳が、川床を噛んで、止まった。――とたんに、二、三名は、先へ陸へ飛び上がって行った。が、すぐ引っ返して来るなり、ほかの同志へ、

「危ない危ない。ここの宿にも、六波羅兵が見える。やはり舟だ。川を行け、川がいい」

ところが、その時すでに、さきの六波羅舟数隻は、後ろの水面を取り巻いていた。

尼と覚一は、世にも恐ろしいものに会った。覚一は体で感じ、尼は眼に見た。

六波羅役人の指揮していた幾艘もの速舟からは、たちまちカギ縄が飛び、熊手が伸び、同時にこっちの舟へ、配下の兵がおどり込んで来たのである。