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しほんたいへいき

私本太平記(七)

吉川 英治

Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens

Aozora Bunko

大きくは、民ぐさのためにも。……聖慮におん曇りなきよう、正成、伏して、かようにおねがいつかまつりまする」

「ばかな」

ついに、逆鱗のみけしきが、御簾をゆすった。

「ならん! ……。さような進言なれば聞くにも足らん。正成、そちはどうかしたか」

「……ただただ憂いのみにござりまする。いまや尊氏の許には、持明院統の皇の院宣も密かに降下されておること。――君と君との血みどろを、臣として、何で心なく見ておられましょうか」

低すぎるくらいな声で、声の表に感情は出ていない。彼の悪い方の片目のまぶたとひとしく静かに抑えられている。それでいて正成のことばは、公卿列座のすべての者の肺腑をドキッとさせたようだった。

――申すことにも事を欠いて。

――聖慮もはばからず。

と、みな色を失い、彼ら衣冠のつつしみぶかい眸も、せつな、こぞって御簾のうちの御気色へ、思わずうごいたほどである。

しかし、そこも龍淵のごとく溟としていた。しばしは何の御諚もなかった。そしてただあの大きなおん目を凝らして、じっと正成を見ていらっしゃるのみである。――まだかつて、これほどなことを直言したやつはない――、ふしぎな男かなと、後醍醐は、むしろ逆な御寛度に返って、もっと正成にいわせてみようとしておられるのかもしれなかった。