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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
それも余人なら知らず、三軍の上に立つお方がそれでは困りまする。わけて河内守正成が、直々、主上へ御進言申したとかいう取り沙汰もある折に」
「正成が」
義貞のひとみに、ちらと猜疑めいた光がうごいて。
「なにを、主上へ?」
「さ、何かは洩れていませんが、もちろん軍沙汰のことでしょう。正成発狂などと申す極端なことをいう者もありますが、そうではなく、何か、非常な決意をもって、御諫奏に及んだらしく察しられまする」
「……ふム。……いや義助、とまれ讒者にとれば、わしが女色に溺れているなどは、よい口実になるだろう。正成も言いかねぬ」
「自分もそれを惧れます」
「よし、立とう。病を冒して、明日にでも播磨発向の途へ」
「えっ、お立ち下さる?」
「知っておけ。義貞、この女はぞっこん好きで好きでならぬが、さりとて軍を怠るものではない。そちまでがわしを虞氏に溺れた項羽のごとき愚将と見るな」
いうならば、武門生活はいつも剣の林の中に在る。
まちがえば、ここの猛者は不平にうごいて、いつ味方が味方を制裁に出る両刃の剣戟とならぬかぎりもない。――まして殺気満々な戦時下だ。大将たりとその大将の座に、晏如と驕っているなどは、すこぶる危ないものであるぐらいなことは、左中将義貞ほどなものが、わきまえていないはずもなかった。