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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
――が、まだ何も見えはしていない。兵船らしい一隻もなくにぶい波光をたたえた五月の海が夕を待っているだけである。
じつに、こんなときだった。――楠木正成、正季以下の急援部隊がこれへ着いたのは。――そしてこの一軍も、夜来の風雨とぬかるみに悩んで、泥のようになって来たのは同様だった。
尊氏の水軍近づく――
の報に、義貞も幕僚たちと共に掖門の外に立って海上を眺めていたが、
「そうか。敵影はまだ明石海峡の西か。……ではまだ見えぬはず」
と、呟いていた。しかしその目はなおも、和田、兵庫、生田、西ノ宮の長い汀にわたる明日の攻防修羅の作戦図をじっと思いえがいているふうだった。
そこへ、楠木河内守正成の到着――と聞え、またまもなく、総門外の額田為綱からも、
「ただいま、河内殿の一勢が、御門外に到って、着到の届け出でにおよばれましたが、いかがなされまする?」
と、問い合せてきた。
義貞はたずね返した。
「して、河内守が引きつれてまいった兵のかずは?」
「一千にはちと欠けるやもしれません」
「なに、それしきの小勢か」
「はっ」
「さるに、何を手間どって」
「いや、箕面、昆陽野のあたりからは夜どおしの雨風に打たれ、河内殿以下、人も馬も、泥人形のようなおすがた。