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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
と、頼春が答え――「これはいつの頃か、近くの漁師が海から拾い上げた物のよしで、里人のあいだでは、網引き地蔵と呼んでおるやに聞きました」
「ほ。網引き地蔵と」
尊氏は急にその前へうずくまった。そしてつらつら地蔵を見て、また、うやうやしく掌を合せた。そのあとで笑いながら二人の近習へ言ったのだった。
「どうだ、地蔵のお顔は、この尊氏と、どこかよう似ているであろうが」
「お戯れを」
「いや戯れではない。網引き地蔵とは、おん名からして気に入った。粗略にするな」
このときは、ただこれだけで帰って来たので、二人には、尊氏が何でそのような冗談をいったのか、またひどく機嫌のいい一瞬を顔に見せたのか、主君の心は酌めなかった。
が、その意味がわかってきたのは数日の後だった。いやその晩、下御所の直義がここの禅院を訪ねて来た時からだといってもよい。
「こよいは、お別れにまいりました」
直義は、冷静だった。
尊氏もそうと察していたらしく、かくべつ、怪しみもしなかった。
「出陣は明朝かの」
「は。すでに高ノ師泰以下三千騎ほどを、とりあえず一陣として先に急がせ、吉良、細川、佐々木道誉らも、つづいて戦場へむかわせました」