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しほんたいへいき
私本太平記(七)
吉川 英治
Read 私本太平記(七) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 330,262 characters · 662 screens
同時に、まるで野嵐を負った猪のごとき男が、
「おまちください!」
とばかり、そこへ来て、いきなり鳳輦の轅を片手でおさえ、片手を地につかえて、
「これは、新田の一族、堀口美濃守貞満にござりまするが、こんにちの俄な御動座は、そも何事でございましょうか。臣らはまだ、何もうけたまわってはおりません。まず! しかとしたその御理由を! まった御内議の仔細を、伺いたいものと存じます。さもあらねば、龍駕をよそへ遷しまいらすなどは、言語道断。貞満、太刀にかけても、おとどめ申さいではおきませぬッ」
と、すさまじい面色で、みかどへ迫ッた。
後醍醐も、せつなは、或る危険すらハッとお感じになったらしい。二タ段、三段、御裳を避けて、階をあとへ戻った。が、すぐ御気性があらわれて、
「下っ」
と、大喝のもとに、
「よくは理由もわきまえぬ身をもって、推参であろう。おちつけ!」
と、たしなめられ、あたりの公卿もみな、身がまえを揃えて、一せいに、
「無礼なるぞ、貞満っ。ひかえろ、ひかえろッ。畏くも至尊にたいし奉ッて!」
と、叱り浴びせた。
貞満は、とたんに、がくと首をたれた。日ごろの陪臣意識が、ふと、よみがえると、やがて一途だった逆上の色も青く醒めて、顔じゅう、ぼうだと流れる涙だらけにしていた。