Japanische Klassiker mit Furigana
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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Lesen Sie ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) von 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 132.905 Zeichen · 262 Bildschirme
眺めていると恍惚とした夢心地に誘いこまれるのだ。山が描かれているのは、四面の大壁では西の阿弥陀浄土だけであるが、八面の小壁は、南面東隅のみが剥落のためか不分明なばかり、他はみな菩薩の裳下に山影を伴っており、ことに東北隅の普賢や十一面観音などでは最も明瞭であった。
それらはいずれもここの壁画特有の、思いきり力強いしかも伸びのびした線をもって、あるいは急にあるいは緩に、直線的にまた曲線的に、山の諸相が描破され、東北角の小壁などには緑、青や群青の色彩がなまなましく残っていた。この山々は、大覚者で救世の悲願を持つもろもろの仏菩薩の、あるいはその住する浄土を、あるいは救わんとする穢土を現わすものであろう。例えば小壁の観世音では、山は一方で菩薩が虚空に遍満する感を強め、一方では人間の憂苦を抜済せんと、菩薩の慈眼が向けられる、現世の在りかを示すものにちがいない。菩薩の大いさに比べて、その足下の山が著しく小さな割合であるのは、そこに菩薩の偉大性が強められる所以かと考えられる。
また西大壁の傑作阿弥陀浄土では、仏と観音勢至両脇侍の背後に、山の傾斜――断崖かあるいは岩窟を思わす景象が描かれてある。