Japanische Klassiker mit Furigana
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あるはいまつのどくはく
ある偃松の独白
中村 清太郎
Lesen Sie ある偃松の独白 (あるはいまつのどくはく) von 中村 清太郎 (なかむらせいたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 132.905 Zeichen · 262 Bildschirme
山越えの弥陀
信貴山縁起
れている。宇治鳳凰堂の扉画『九品往生相』は、正面の分厚い木造の大扉に、大和あたりを思わす青緑山水が大きく描き出され、損傷のひどいのはなげかれるが、緑青や丹の顔料が強い墨線とともに断続して、当年の結構を想見させる。
山越えの弥陀
前の来迎図の一種に、弥陀や菩薩が全身を示さず、山の彼方から半身をのぞかす、といった構図のものがある。これがいわゆる※(始め二重山括弧、1-1-52)山越えの弥陀※(終わり二重山括弧、1-1-53)で、山の絵の観点からは、浄土変相中一ばんおもしろい。浄土変は大体唐で完成されたが、この山越え弥陀はわが国で発想されたものらしい。支那の匂いが薄く、緩やかに波打つ山の姿に、いかにも日本らしい趣きがある。画として必ずしもよいものばかりではないが、その点で大いに親近感を抱かせる。それに、これは浄土の山ではなく、現世のものだ。だから日本人の幻想とすれば、西方からの光明が、こうした山を越えてくるというのは、いかにも自然ではあるまいか。
京都禅林寺や金戒光明寺のものなど代表的であろう。
信貴山縁起
藤原時代の絵巻の傑作で、鳥羽僧正筆ともいわれ、その中に出てくる山や谷の景色が写実的――というのは、日本の山水であることで、注目に値いする。