Japanische Klassiker mit Furigana
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はいくへのみち
俳句への道
高浜 虚子
Lesen Sie 俳句への道 (はいくへのみち) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 60.608 Zeichen · 120 Bildschirme
諷詠
俳諧は世の辛酸を舐むる人のために存在しているものともいえる。花鳥風月は苦痛なる人間生活の上にはじめて有意義に存在しているものである。悠々たる人生を描き、美妙なる花鳥風月の天地を描くのも、すべて地獄を背景として価値がある。
俳句は花鳥風月を吟詠する文学である。即ち極楽の文学である。しかしながらそこには地獄の裏づけがあることを常に忘れてはならぬ。(『玉藻』、二八、一二)
諷詠
連句の発句と脇句とは挨拶であるという事がいわれておる。甲の俳人が乙の俳人を訪問したとする、その場合、訪問して行った甲なる俳人が先ず挨拶の一句を贈る、それが発句である。その時、挨拶を受けた乙なる俳人がそれに返す、それが脇句である。例えば、
餞二乙州東武行一
梅若菜まりこの宿のとろゝ汁 芭蕉
かさあたらしき春の曙 乙州
これは人を訪問した場合とは違うが、乙州の江戸の方へ旅立って行く、それを芭蕉が送る、それの挨拶が発句であって、それを受ける乙州が脇句を附けたことになる。即ち挨拶の意味であることは訪問した場合と同じである。梅も咲くだろう若菜も摘まるる頃である。その梅や若菜の時分に東海道を旅して鞠子の宿について、そこのとろろ汁を食べもするであろう、と乙州の旅行を思うて挨拶を贈ったのが発句。