Japanische Klassiker mit Furigana
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しょうたく
荷風随筆集(下)〔全2冊〕
永井 荷風
Lesen Sie 荷風随筆集(下)〔全2冊〕 (しょうたく) von 永井 荷風 (ながいかふう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 36.633 Zeichen · 74 Bildschirme
わたくしは既に十七歳になっていたが、その頃の中学生は今日とはちがって、日帰りの遠足より外滅多に汽車に乗ることもないので、小田原へ来たのも無論この日が始めてであった。家を離れて一人病院の一室に夢を見るのもまた始めてである。東京の家に帰ったのは梅雨も過ぎて庭の樹に蝉の声を聞くころであった。されば始めて逢う他郷の暮春と初夏との風景は、病後の少年に幽愁の詩趣なるものを教えずにはいなかったわけである。
病院は町はずれの小高い岡の中腹に建てられていたので、病室の窓からも寝ながらにして、曇った日にも伊豆の山影を望み、晴れた日には大嶋の烟をも見ることができた。庭つづきになった後方の丘陵は、一面の蜜柑畠で、その先の山地に茂った松林や、竹藪の中には、終日鶯と頬白とが囀っていた。初め一月ばかりの間は、一日に二、三時間しか散歩することを許されていなかったので、わたくしはあまり町の方へは行かず、大抵この岡の上の松林を歩み、木の根に腰をかけて、箱根双子山の頂きを往来する雲を見て時を移した。雲の往来するにつれて山の色の変るのが非常に物珍しく思われたのであった。病室にごろごろしている間は、貸本屋の持って来る小説を乱読するより外に為すことはない。