Japanische Klassiker mit Furigana
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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
Lesen Sie 郷愁の詩人 与謝蕪村 (きょうしゅうのしじん よさぶそん) von 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 39.038 Zeichen · 78 Bildschirme
しかるに芭蕉の句では、或る一つの主題をもった人生観や宇宙観やが、直接に観念(思想)として歌われている。これ芭蕉が、蕪村に比して理知的な頭脳をもち、哲人としての風貌を具えていたことの実証である。実際にも芭蕉は、句作以外にも多くの俳論や散文を書き、俳人と詩論家の両面を具えていた。一方で蕪村は、単なる日常書簡集の外、全く詩論らしいものを書いていない。蕪村は感覚の人であり、思想というものを持たなかった。この点において見れば、芭蕉の方が西洋の人生的詩人に近いのである。
芭蕉のイデアした哲学は、多分に仏教や老荘の思想を受けてる。「古池や蛙とびこむ水の音」の句境の如く、彼は静の中にある動、寂の中にある生を見つめて、自然と人生における本質的実在を探ろうとした。そこで「実在」をリアルと訳する意味で、芭蕉は真のリアリズムの詩人であった。しかし彼のリアリズムは、決して単なる知性的冷静の観照主義ではなかった。反対に彼は、人間性の普遍な悲しみを体験して、本質に宗教的なモラルを持ったところの、真のヒューマニストの詩人であった。以下読者と共に、芭蕉俳句におけるこの人間性の悲哀と、ヒューマニズムの詩情するところを見よう。