Japanische Klassiker mit Furigana
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イエスでん
イエス伝
矢内原 忠雄
Lesen Sie イエス伝 (イエスでん) von 矢内原 忠雄 (やないはらただお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 220.119 Zeichen · 436 Bildschirme
それにもかかわらず、どうしてユダ弁護論が絶えないのであろうか。それには二つの理由が考えられる。第一に、人間はユダを弁護したい心をもっている。ユダ弁護は人間の自己弁護の声です。「それほど悪くはない」「善いところもある」そう言って人間は自己を弁護し、神の前に自己の全き罪人たることを拒否する。これは彼らが「罪」の重さを知らないからです。神にそむく罪の絶対性を知るまで、人はユダを弁護する気持をすてないのです。
第二には、「十二弟子の一人」たるユダが、イエスを売るというごとき最大の罪を犯したゆえを理解し難いからです。いかにも理解し難きことでありまして、その最善かつ唯一の説明は、サタンがユダに入ったというほかにはありえない(ルカ二二の三、ヨハネ一三の二)。俗にいわゆる魔が差したのです。それは人の生涯においても最も怖ろしき瞬間です。魔が差した時、人は思いもよらぬ大罪を犯します。その真面目な平生からはとうてい説明のできぬ罪を犯すのです。あとでユダのごとく自ら縊れ死ぬるほどの後悔をしたとて(マタイ二七の五)、犯した罪は犯したのです。その事実をいかんともなしえません。