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Japanische Klassiker mit Furigana

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みつのあわれ

蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ

室生 犀星

Lesen Sie 蜜のあわれ・われはうたえどもやぶれかぶれ (みつのあわれ) von 室生 犀星 (むろうさいせい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 88.662 Zeichen · 174 Bildschirme

Aozora Bunko

」

「だって女の人に眼がなかったとも、言えばいえるわよ、幾ら穢い恰好していたって若さが物言うじゃないの。若い男ってどんな不恰好な顔をしていらしっても、皮膚はぴいんと張っていて、それだけでも、一生のうちで一等美しい時なんだもの。」

「ところがキミ、僕ときたら、若い時分からジジイみたいな半老ケの面をしていたんだ、いくら剃っても髭はぎしぎし生えるし、毎日お湯にはいっても顔はきれいにならない、僕はね、その時分流行っていたカイゼル型の髭を生やしていたが、この髭ときたら、その頃の写真を見ただけでも、ぞっとしてくるね、何しろ生やし際はまだ薄いもんだから、ひそかに墨を刷いていたこともあるんだ。」

「あら、可笑しい、お髭を生やしていらっしったら、どんなお顔になるか、想像も出来ないわ、大体に於て人相好くないわね。」

「暴力団か、ゆすりの類だね。」

「でも墨をいれていたのは、ちょっと、哀しいじゃないの。」

「あさましい限りさ、それにお金は一文もないと来たら、どんな娘さんだって寄り附きはしない。」

「おじさまも、そんな時があったのかナ、すべからく、人は勉強して成人すべきだわね。」

「生意気いうな、だから、きょうの人、ちょっとくらい通してもよかったね、あれでも、おじさんの家にも来てくれたし、僕も訪ねて行ったが、何時でも帰りぎわには、手、手と玄関