Japanische Klassiker mit Furigana
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イエスでん
イエス伝
矢内原 忠雄
Lesen Sie イエス伝 (イエスでん) von 矢内原 忠雄 (やないはらただお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 220.119 Zeichen · 436 Bildschirme
「己を棄てる」というのは自己を忘れることであって、いわゆる禁欲主義とは異なります。禁欲主義者は享楽主義者同様、強く自己に執着している者です。真の自己否定というのは神のことについて心がいっぱいで、自己のことを考える暇がない。すなわち人のことを思わず、神のことを思うことです。つい今しがたペテロの叱られたのとちょうど反対の心の態度です。食物でも少しあれば感謝して少し食べ、豊かにあれば感謝して豊かに食べ、物欲については水の流れるごとく心を労しない生活です。
己を棄てる者は己に「さよなら」したものです。生活の目標が自己でなくなって、神のことが目標となった者です。かかる歩み方をする者の人生が必然的に十字架を負わさせる道であるのは、世間の歩み方がちょうど反対に神のことを思わず、人のことを思うからです。実に悲劇的な食い違いです。しかしその十字架を自分から求めて背負え、と言うのではありません。それではやはり「己」です。真実なる人生を歩んでいれば、十字架は他人から負わされるのです。ただそれを負わされた時、いやと言わないで負ってゆかねばなりません。「人はもし私に従って来るなら、どうしても十字架を負わされるから、各自の十字架を黙って負ってついて来い」