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Japanische Klassiker mit Furigana

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ヨブきこうえん

ヨブ記講演

内村 鑑三

Lesen Sie ヨブ記講演 (ヨブきこうえん) von 内村 鑑三 (うちむらかんぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 92.828 Zeichen · 185 Bildschirme

Aozora Bunko

彼は神に苦めらるるが如く感じつつあったのである。実に彼は神が己を拷問にかけていると思ったのである。すなわち神はあらかじめ彼を罪ありと定め、そして拷問を以て彼を苦めて、彼に罪を自白せしめんとしていると思ったのである。

◯およそ拷問なるものの起る理由が二つある。罪ありと推定せらるるも、罪の自白に接せずしては不正確なる故、罪人を糾弾し以てその罪を自白せしめんとするが第一の理由である。人命は明日を期しがたきもの故、早く罪を定めんとするが第二の理由である。これ人が人を審判くに当って拷問の起る理由である。甲の理由は人間知力の有限であって、乙の理由は人間生命の有限である。故に拷問は、有限という壁に取囲まるる不完全なる人の間の関係の上に生起する事象である。されば無限を以て特徴とする神――無限の知力と生命を有する神――においては何ら人を拷問にかける必要がないのである。しかるに今神が我を拷問にかけて苦めつつあるは何故であるかと、ヨブは神に向って迫るのである。四節に「汝は肉眼をもち給うや、汝の観給う所は人の観るが如くなるや」というは、神の知力は人のそれの如く有限なるかとの問であって、「否しからず神の知力は無限なり、故に拷問を用いずして人に罪あるかなきかを知る、しかるに我れにのみ拷問を用うるは何ぞ」