Japanische Klassiker mit Furigana
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きゅうぶんにほんばし
旧聞日本橋
長谷川 時雨
Lesen Sie 旧聞日本橋 (きゅうぶんにほんばし) von 長谷川 時雨 (はせがわしぐれ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 158.045 Zeichen · 322 Bildschirme
ある年は、妹たちときしゃごをはじき、ある年はくさ草紙を見ていた。母はつぎものをする時もある、歌舞伎(芝居雑誌、二六通や水魚連という連中から贈ってきた)の似顔絵を見ている事もあるが、かき餅を焼いたり蕎麦がきをこしらえてくれたりした。女中たちは雑巾をさしたり、自分のじゅばんの筒袖をぬったりした。
思えば、そういう時に、祖母は修身談をきかせたのであった。だが、それが、どんなに面白かったろう。後にきく種々な修身談は、はじめから偉そうに、吃々と、味のない、型にはまりきったことをいうのばかりだ。それは、語るものが、自ら教えるという賢人面、または博識顔をするからだ。そして、いう事が非凡人のことばかりだからだ。
ところが、祖母は面白い凡人なのだ。この祖母、前にも言ったかも知れないが字を知らない。きくところによると無学文盲とは、落語家などにいわせると馬鹿の代名詞だが、決してそうでないので、ただ、学をまなばず、字に暗しであるので、文盲とは、文字だけに盲目であるというのだ。この祖母はまさにそれを証拠だてている。心の眼は甚だ明らかであるのに、文字だけが見えないのだ。気の勝った人だったから、あるいは文字をよく空んじていたら、おそらくあんぽんたんの祖母ではなかったろう。