Japanische Klassiker mit Furigana
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ずいひつ しほんたいへいき
随筆 私本太平記
吉川 英治
Lesen Sie 随筆 私本太平記 (ずいひつ しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 56.947 Zeichen · 114 Bildschirme
五月の連休も過ぎ、迂稿「五月帖」も半ばである。だが小説中の五月は旧暦で、また元弘三年は閏年だったから、鎌倉滅亡の兵燹は七月の季感にあったと思えばいい。まったく炎暑の陣だった。
もうずいぶん前だが、鎌倉の大町附近から数百体の人骨が発掘され、東大研究班の調査などで話題になったことがある。そして、それは元弘三年の犠牲者らしいとの判定で、七百年前の鎌倉人種の身長だの容貌の特徴やらが、現代人に比して多少、矮小で骨太だったと報じられていたが、頭蓋骨からみて、智能が劣っていたとはなかったように覚えている。
北条九代の滅亡は、ちょうどつい昨日の大戦終末時の小型な日本に似ていた。平家といい、太平記といい、古典はおおむね事を誇張しがちであるが、鎌倉滅亡だけは、古典のつたえ以上、酸鼻だったのであるまいか。
当時、出家して高野山にいた工藤新左衛門は、後日、鎌倉にたたずんで“――ふるさとの昔を見ずば元よりの、草の原とや思ひなさまし”と歌って去った。
おそらく終戦時の東京の一劃みたいな瓦礫の焦土を見たのだろう。一世紀半の鎌倉文化は、まったくこのとき廃墟と化した。科学武器などない時代でさえもこうだった。