Classiques japonais avec furigana
ja-reading.com
Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.
ねんじゅうぎょうじおぼえがき
年中行事覚書
柳田 国男
Lisez 年中行事覚書 (ねんじゅうぎょうじおぼえがき) de 柳田 国男 (やなぎたくにお) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 135 005 caractères · 262 écrans
節句は節供が正しい
本元の国でもそういったのか知らぬが、こちらのようには盛んに用いていない。節会はすなわち節日の会食で、この日は集まって大いに飲みかつ食べることは、古今都鄙を一貫した行事の中心であった。これが時世によって盛衰し、どちらかというとだんだんと淋しくなった。節という日の意義はこれと共に、少しずつ衰えて来たような感じがある。
節句は節供が正しい
節句というようなおかしな当て字が、普通になって来たのはそう古いことではない。江戸幕府の初期に、五節供というものをきめて、この日は必ず上長の家に、祝賀に行くべきものと定めたという話だが、その頃を境として、以前はたいてい皆節供と書いており、節句と書く者はそれからだんだん多くなって来た。節供の供という字は供するもの、すなわち食物ということでもあった。今では神供とか仏供とか、上に奉るもののみに限るようになったが、もとの心持はこの漢字の構造が示すように、人が共々に同じ飲食を、同じ場においてたまわることまでを含んでいた。目的は必ずしも腹一杯、食べて楽しむようにということではなかったが、同じ単位の飲食物、たとえば一つの甕に醸した酒、一つの甑で蒸した強飯、一つの臼の餅や一畠の瓜大根を、分けて双方の腹中に入れることは、そこに眼に見えぬ力の連鎖を作るという、古い信仰が根本にあったのである。