Classiques japonais avec furigana
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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
Lisez 郷愁の詩人 与謝蕪村 (きょうしゅうのしじん よさぶそん) de 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 39 038 caractères · 78 écrans
古寺やほうろく捨てる芹の中
骨拾ふ人に親しき菫かな
春雨や暮れなんとして今日も有
古寺やほうろく捨てる芹の中
荒廃した寺の裏庭に、芥捨場のような空地がある。そこには笹竹や芹などの雑草が生え、塵芥にまみれて捨てられてる、我楽多の瀬戸物などの破片の上に、晩春の日だまりが力なく漂っているのである。前の句と同じく、或る荒寥とした、心の隅の寂しさを感じさせる句であるが、その「寂しさ」は、勿論厭世の寂しさではなく、また芭蕉の寂びしさともちがっている。前の句やこの句に現われている蕪村のポエジイには、やはり彼の句と同じく人間生活の家郷に対する無限の思慕と郷愁(侘しさ)が内在している。それが裏街の芥捨場や、雑草の生える埋立地で、詩人の心を低徊させ、人間生活の廃跡に対する或る種の物侘しい、人なつかしい、晩春の日和のような、アンニュイに似た孤独の詩情を抱かせるのである。
因に、この句の「捨てる」は、文法上からは現在の動作を示す言葉であるが、ここでは過去完了として、既に前から捨ててある意味として解すべきでしょう。
骨拾ふ人に親しき菫かな
焼場に菫が咲いているのである。遺骨を拾う人と対照して、早春の淡い哀傷がある。
春雨や暮れなんとして今日も有
「暮れなんとして」