Classiques japonais avec furigana
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きょうしゅうのしじん よさぶそん
郷愁の詩人 与謝蕪村
萩原 朔太郎
Lisez 郷愁の詩人 与謝蕪村 (きょうしゅうのしじん よさぶそん) de 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 39 038 caractères · 78 écrans
甲斐ヶ嶺や穂蓼の上を塩車
三径の十歩に尽きて蓼の花
寂しい、孤独の中に震える人生の姿である。私の故郷上州には、こうした荒寥たる田舎が多く、とりわけこの句の情感が、身に沁みて強く感じられる。
甲斐ヶ嶺や穂蓼の上を塩車
高原の風物である。広茫とした穂蓼の草原が、遠く海のように続いた向うには、甲斐の山脈が日に輝き、うねうねと連なっている。その山脈の道を通って、駿河から甲斐へ運ぶ塩車の列が、遠く穂蓼の隙間から見えるのである。画面の視野が広く、パノラマ風であり、前に評釈した夏の句「鮒鮓や彦根の城に雲かかる」などと同じく、蕪村特有の詩情である。旅愁に似たロマンチックの感傷を遠望させてる。
三径の十歩に尽きて蓼の花
十歩に足らぬ庭先の小園ながら、小径には秋草が生え茂り、籬に近く隅々には、白い蓼の花が侘しく咲いてる。貧しい生活の中にいて、静かにじっと凝視めている心の影。それが即ち「侘び」なのである。この同じ「侘び」は芭蕉にもあり、その蕉門の俳句にもある。しかしながら蕪村の場合は、侘びが生活の中から泌み出し、葱の煮える臭いのように、人里恋しい情緒の中に浸み出している。なおこの「侘び」について、巻尾に詳しく説くであろう。