Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

きょうしゅうのしじん よさぶそん

郷愁の詩人 与謝蕪村

萩原 朔太郎

Lisez 郷愁の詩人 与謝蕪村 (きょうしゅうのしじん よさぶそん) de 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 39 038 caractères · 78 écrans

Aozora Bunko

附録 芭蕉私見

芭蕉私見

白梅に明くる夜ばかりとなりにけり

を辞世として、縹渺よるべなき郷愁の悲哀の中に、その生涯の詩を終った蕪村。人生の家郷を慈母の懐袍に求めた蕪村は、今もなお我らの心に永く生きて、その侘しい夜半楽の旋律を聴かせてくれる。抒情詩人の中での、まことの懐かしい抒情詩人の蕪村であった。

附記――蕪村と芭蕉の相違は、両者の書体が最もよく表象している。芭蕉の書体が雄健で闊達であるに反して、蕪村の文字は飄逸で寒そうにかじかんでいる。それは「炬燵の詩人」であり、「炉辺の詩人」であったところの、俳人蕪村の風貌を表象している。

附録 芭蕉私見

芭蕉私見

僕は少し以前まで、芭蕉の俳句が嫌いであった。芭蕉に限らず、一体に俳句というものが嫌いであった。しかし僕も、最近漸く老年に近くなってから、東洋風の枯淡趣味というものが解って来た。あるいは少しく解りかけて来たように思われる。そして同時に、芭蕉などの特殊な妙味も解って来た。昔は芥川君と芭蕉論を闘わし、一も二もなくやッつけてしまったのだが、今では僕も芭蕉ファンの一人であり、或る点で蕪村よりも好きである。年齢と共に、今後の僕は、益々芭蕉に深くひき込まれて来るような感じがする。