Classiques japonais avec furigana
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よしだしょういん
吉田松陰
徳富 蘇峰
Lisez 吉田松陰 (よしだしょういん) de 徳富 蘇峰 (とくとみそほう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.
N2 · avancé · kanji et kana modernes · 135 622 caractères · 269 écrans
第十九 人物
家庭の光明は、光明の中において最も美妙なるものなり。吾人は今この光明中よりして松陰を見る、あたかも水晶盤裡において、氷雪を見るが如し。
第十九 人物
彼は如何なる人物なるか、普通の意味において、大なる人物という能わず。何となれば大なる活眼なく、大なる雄腕なく、また大なる常識を有せざるが故に。
然れどももし大なる人物というを許さば、許すべきはただ一あり。曰く、彼は真誠の人なり、仮作の人にあらざるなり。彼が真誠の人たるは、なおルーテルが真誠の人たるが如し。
ルーテルの幼きや、胡弓を人の門口に弾じて以て自ら給す、弾じ終りて家人の物を与えんとするや、彼れ乍ち赤面して遁れ去れり。彼何んぞかくの如く小心なる。彼がウオムスの大会において訊問せられんとするや、人その行を危ぶむ。彼昂然として曰く、「否々我往かん、悪魔の数縦令い屋上の瓦より三倍多きも何ぞ妨げん」。あるいは曰く、「惹爾日公あり、汝の強敵なり」と。彼泰然として曰く、「否々我往かん、縦令い惹爾日公雨の如く九日九夜降り続きたりとて何かあらん」と。彼アウクスボルクに在りて、衆敵に窘追せらるるや、慨然として曰く、「もし余をして五百箇の首ありて、むしろ尽くこれを失うとも、余が信ずる所の一箇条を改むるを欲せず」