Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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Lisez des classiques japonais en ligne avec furigana. Filtrez par niveau JLPT, touchez un mot pour le sens et traduisez une phrase.

しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Lisez 新書太閤記 (しんしょたいこうき) de 吉川 英治 (よしかわえいじ) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 186 659 caractères · 372 écrans

Aozora Bunko

「事、こころざしと違う」とする苦悶が日にまして見えたという。

実篤で、主思いで、分別家のかれは、自己が今日まで尽したことは、秀吉のためにではなく、清洲会議のとき、信長の正嗣として立てた三法師(秀信)をただ守り立てるためとして――自己を劉備玄徳に遺孤を託された諸葛孔明の心事になぞらえ――ひたすら時節を待って来たのであった。

ところが、何ぞはからん、時流の人々は、三法師の名すら、いつかみな忘れ果て、次代の天下人は、秀吉と、秀吉自身もゆるし、世人もすべてそれを自然のことと認めている。

世の中はこうなるもの、世の中はきっとこう行く。――こういう観測を誤るほど、悲惨なる人生をみずから招くものはない。

人間の小智で、複雑な人意人力による時勢と、微妙にして無形な天意天数の運行とを予測し、あてにし、それに自己の業と志とを打ちこんだりした者の、得てホゾをかむ滅失である。

丹羽五郎左などは、決して、自分の先見をうぬ惚れて、そんな過誤をおかしたわけではなく、むしろ彼の場合は、

“分別者の分別すぎ”

と、いえるものだった。

自分の実直を、人の実直にもあてはめ、自分の誠意は、人も誠意をもって、その通りこたえるものとしている風が多分にあった。