Lecture japonaise

Classiques japonais avec furigana

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きょうしゅうのしじん よさぶそん

郷愁の詩人 与謝蕪村

萩原 朔太郎

Lisez 郷愁の詩人 与謝蕪村 (きょうしゅうのしじん よさぶそん) de 萩原 朔太郎 (はぎわらさくたろう) en japonais avec furigana. JLPT N2. Touchez un mot pour le sens.

N2 · avancé · kanji et kana modernes · 39 038 caractères · 78 écrans

Aozora Bunko

に存している。即ち一言にして言えば、蕪村の俳句は「若い」のである。丁度万葉集の和歌が、古来日本人の詩歌の中で、最も「若い」情操の表現であったように、蕪村の俳句がまた、近世の日本における最も若い、一の例外的なポエジイだった。そしてこの場合に「若い」と言うのは、人間の詩情に本質している、一の本然的な、浪漫的な、自由主義的な情感的青春性を指しているのである。

芭蕉と蕪村とは、この点において対蹠的な関係を示している。もちろん本質的に言うならば、芭蕉のポエジイにもまた、真の永遠的の若さがある。――すべての一流の芸術は本質的に皆若さを持っている。その精神に「若さ」を持たない芸術は、決して真の芸術ではない。特に詩においてそうである。――しかしながら芭蕉は、趣味としての若さを嫌った。西行を好み、閑寂の静かさを求め、枯淡のさびを愛した芭蕉は、心境の自然として、常に「老」の静的な美を慕った。「老」は彼のイデア――美しきものの実体観念――だった。それ故に彼の俳句は、すべての色彩を排斥して、枯淡な墨絵で描かれている。もちろん僕らは、その墨絵の中に訴えられている、詩人の深い悩みと感傷とを感ずる故に、それは決して非情緒的ではないけれども、趣味としての反青春的風貌を感ずるのである。