후리가나로 읽는 일본 고전
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やまとこじふうぶつし
大和古寺風物誌
亀井 勝一郎
亀井 勝一郎의 大和古寺風物誌(やまとこじふうぶつし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 108,647자 · 215화면
しかしいずれにしてもこの二体は、飛鳥仏の典型たるのみならず、法隆寺創建の由来と太子薨去を正確に伝える無比の記念として、光背銘文とともに周く認められているところである。
薬師像の銘文は次のごとくである(訓読及び主旨は高島米峰氏に拠る)。
池辺大宮ニ治二天下ヲ一天皇。大御身労賜フ時。歳次丙午ノ年ニ。召シテ三於大王天皇与二太子ヲ一而誓願シ賜ハク。我ガ大御病ヲ太平ニ欲スレ坐サント。故ニ将二造リレ寺ヲ薬師像ヲ作リ仕ヘ奉ラント一詔ス。然ルニ当時崩ジ賜ヒ。造ルニ不レバレ堪ヘ者。小治田ノ大宮ニ治メス二天下ヲ一大王天皇及ビ東宮ノ聖王ハ。大命ヲ受ケ賜ハリテ而。歳次丁卯ノ年ニ仕へ奉ル。
〔池辺天皇、即ち太子の御父用明天皇が御悩重らせ給いしとき、それは丙午の年、天皇の元年(紀元一二四六、太子十三歳)のことであったが、大王天皇即ち推古天皇と、太子すなわち聖徳太子とを親しく召されて「我が大御病の太平ならんことを希うために、寺と薬師如来の像とを造り奉仕せよ」と仰せられたが、その翌年崩御あり、遂に造立することが出来なかったので、小治田の大王即ち推古天皇と東宮の聖徳太子とが、この大命を奉じて、丁卯の年、即ち推古天皇の十五年に至って、造立の御志を果された。