후리가나로 읽는 일본 고전
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やまとこじふうぶつし
大和古寺風物誌
亀井 勝一郎
亀井 勝一郎의 大和古寺風物誌(やまとこじふうぶつし)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 108,647자 · 215화면
救世観音
凄愴な悲劇からの脱出、いわば神々から追放された日の苦悩から、再び新生を求めて、ついに仄かな黎明を招いた、そういう光栄を飛鳥びとは担っている。
――昭和十七年秋――
救世観音
上宮太子の薨去は、推古天皇の三十年二月二十二日夜半であった。時に御年四十九歳、当時の人々が、太子の薨去をいかに深く悼んだかは日本書紀にもしるされているとおりである。即ち「諸王、諸臣、及び天下の百姓、悉に長老は愛児を失ふが如く、塩酢之昧口に在れども嘗めず、少幼者は慈める父母を亡ふが如くて、哭き泣つる声、行路に満てり、乃ち耕夫は耜を止め、舂女は杵せず。皆曰く、日月輝を失ひて、天地既に崩れぬべし。今より以後、誰か恃まむ哉。」――この一節によってみるも、太子の威徳の高きはうかがわれるのであるが、同時にその政事が容易ならぬ危機の上に為されていたことも推察されるであろう。
幾多血族の悲しむべき相剋の後、太子は摂政として立たれた方である。蘇我家の擅権と陰謀は、度かさなる流血の惨事をもたらしたのであったが、摂政の位につかれて後は、しばらくはこの争いもおさまったようにみえる。人間煩悩のすさまじさを幼少の頃より眼のあたり見られた太子の、衷心祈念されたところは、前述のごとく「以和為貴」