후리가나로 읽는 일본 고전
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
斎藤 茂吉의 万葉秀歌(まんようしゅうか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 213,820자 · 427화면
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現身は数なき身なり山河の清けき見つつ道を尋ねな 〔巻二十・四四六八〕 大伴家持
大伴家持が、「病に臥して無常を悲しみ修道を欲して作れる歌」二首の一つである。「数なき」は、年齢の数の無いということ、年寿の幾何もないこと、幾ばくも生きないことである。人間というものはそう長生をするものではない。よって、濁世を厭離し、自然山川の清い風光に接見しつつ、仏道を修めねばならぬ、というのである。「道を尋ねな」と日本語流にくだいたのも、既に当時の人の常識になっていたともおもうが、なかなかよい。この歌には前途の安心を望むが如くであって、実は悲哀の心の方が深く滲みこんでいる。また仏教的の本性清浄観をただ一気にいっているようで、実は病痾を背景とする実感が強いのであるから、読者はそれを見のがしてはならない。この歌と並んで、「渡る日のかげに競ひて尋ねてな清きその道またも遇はむため」(巻二十・四四六九)という歌をも作っている。「わたる日の影に競ひて」は、日光のはやく過ぎゆくにも負けずに、即ち光陰を惜しんでの意。「またも遇はむため」は来世にも亦この仏果に逢わんためという意で、やはり力づよいものを持っている。