후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田 貞吉의 先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選(「やまとみんぞく」とはなんぞや)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 195,063자 · 389화면
案ずるに「間」はもと間人の「間」で、良賤両者の中間の義と解すべく、それが原義を失って「室」の義に解せられ、村中寄合の席において脇の間に着座することから間脇と呼ばれるに至ったのではあるまいか。幕府殿中においても諸大名諸士の出席を間を以て分ち、その階級を示した事であった。「脇」はすなわち相撲の関脇の「脇」で、門跡にも脇門跡というのがあった。人にあっては左右の両側を脇と云い、つまり次とか傍とかの意に用いた語であろう。隠岐におけるこの間脇が、貞享の頃なお事実上毫も田畠を有していなかったという事は、さすがに離れ島だけに古い格式を厳守して、間人に土地を有せしめなかったものか、それともその資格の定められた時代が、貞享を距たる遠からぬ頃にあったのか。いずれにしてもこの区別は資産の有無を標準としたのであって、貢租課役負担の多少が村人としての権利や社会的地位を定めた時代にあっては、実際それもまたやむをえなかった。されば防長地方にあっては同じ高持の百姓の中にも、本軒以下四半軒までの区別が定められ、阿波にも本百姓と百姓との二階級が認められた。そして一旦定まったその身居は、万事が現状維持を方針とした徳川時代において、容易に変更が許されなかったのはまた実際やむをえなかった。