후리가나로 읽는 일본 고전
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
斎藤 茂吉의 万葉秀歌(まんようしゅうか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 213,820자 · 427화면
この歌の詞書に次の如くに書いてある。「臨死むとする時、長歎息して曰く、伝へ聞く仮合の身滅び易く、泡沫の命駐め難し。所以に千聖已に去り、百賢留らず、況して凡愚の微しき者、何ぞも能く逃避せむ。但我が老いたる親並に菴室に在り。我を待つこと日を過さば、自ら心を傷むる恨あらむ。我を望みて時に違はば、必ず明を喪ふ泣を致さむ。哀しきかも我が父、痛ましきかも我が母、一身死に向ふ途を患へず、唯二親世に在す苦を悲しぶ。今日長く別れなば、何れの世にか覲ることを得む。乃ち歌六首を作りて死りぬ。其歌に曰く」というのである。そして長歌一首短歌五首がある。併しこれは、前言のごとく、熊凝が自ら作ったのではなく、憶良が熊凝の心になって、熊凝臨終のつもりになって作ったのである。
一首の意は、嘗て知らなかった遙かな黄泉の道をば、おぼつかなくも心悲しく、糧米も持たずに、どうして私は行けば好いのだろうか、というのである。「くれぐれと」は、「闇闇と」で、心おぼろに、おぼつかなく、うら悲しく等の意である。この歌の前に、「欝しく何方向きてか」というのがあるが、その「おぼほしく」に似ている。
この歌は六首の中で一番優れて居り、想像で作っても、死して黄泉へ行く現身の姿のようにして詠んでいるのがまことに利いて居る。