후리가나로 읽는 일본 고전
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まんようしゅうか
万葉秀歌
斎藤 茂吉
斎藤 茂吉의 万葉秀歌(まんようしゅうか)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 213,820자 · 427화면
長歌は、「香具山は畝傍を愛しと、耳成と相争ひき、神代より斯くなるらし、古も然なれこそ、現身も妻を、争ふらしき」というのであるが、反歌の方は、この三山が相争った時、出雲の阿菩大神がそれを諫止しようとして出立し、播磨まで来られた頃に三山の争闘が止んだと聞いて、大和迄行くことをやめたという播磨風土記にある伝説を取入れて作っている。風土記には揖保郡の処に記載されてあるが印南の方にも同様の伝説があったものらしい。「会ひし時」は「相戦った時」、「相争った時」という意味である。書紀神功皇后巻に、「いざ会はなわれは」とあるは相闘う意。毛詩に、「肆伐二大商一会朝清明」とあり、「会える朝」は即ち会戦の旦也と注せられた。共に同じ用法である。この歌の「立ちて見に来し」の主格は、それだから阿菩大神になるのだが、それが一首のうえにはあらわれていない。そこで一読しただけでは、印南国原が立って見に来たように受取れるのであるが、結句の「印南国原」は場処を示すので、大神の来られたのは、此処の印南国原であった、という意味になる。
一首に主格も省略し、結句に、「印南国原」とだけ云って、その結句に助詞も助動詞も無いものだが、それだけ散文的な通俗を脱却して、蒼古とも謂うべき形態と響きとを持っているものである。