일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

吉川 英治의 新書太閤記(しんしょたいこうき)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 200,320자 · 398화면

아오조라 문고

秀吉は、真から惜しむもののように、

「長吉、もう一度、そちと茂助と二人して行って来い。そしてよく経家を諭し、山名の二臣の首を出して、自身には、芸州へ帰るようにすすめたがよい」

といった。

浅野長吉はさっそく茂助吉晴と共に、ふたたび城中へ赴いた。けれど、経家の心をひるがえすことはできなかった。

「惜しいが、ぜひもない」

秀吉は、遂に、経家の要求を容れた。

望みがかなって、十月二十五日の昼、吉川経家は、城外の真教寺へ移って、切腹した。

――まだ若い身を、実にしずかに、すずやかに、腹を切って、城中数千の生命にかわって逝った。

同じ日。

吉川経家の近臣――奈佐日本助、佐々木三郎左衛門、塩谷高清の三人も、主君のあとを追って、腹を切った。

「いたましい哉」

秀吉は篤く弔った。

首は函送して、これを、安土の信長に供え、遺物の種々は、安芸の吉川元春の許へ送り届けてやった。

「第一に、米を施せ」

秀吉が、鳥取城を占領すると、まっ先に手をつけたのが、城中の飢民と、城外の窮民の救済だった。

即日、三百石の米が、それらの人々を潤した。

次には、交通の復旧である。袋川の橋も、その日から架設にかからせた。