후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
りりょう
李陵・山月記・弟子・名人伝
中島 敦의 李陵・山月記・弟子・名人伝(りりょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 65,013자 · 129화면
身の程知らずの悟浄よ。いまだ得ざるを得たりといいいまだ証せざるを証せりと言うのをさえ、世尊はこれを増上慢とて難ぜられた。さすれば、証すべからざることを証せんと求めた爾のごときは、これを至極の増上慢といわずしてなんといおうぞ。爾の求むるところは、阿羅漢も辟支仏もいまだ求むる能わず、また求めんともせざるところじゃ。哀れな悟浄よ。いかにして爾の魂はかくもあさましき迷路に入ったぞ。正観を得れば浄業たちどころに成るべきに、爾、心相羸劣にして邪観に陥り、今この三途無量の苦悩に遭う。惟うに、爾は観想によって救わるべくもないがゆえに、これよりのちは、一切の思念を棄て、ただただ身を働かすことによってみずからを救おうと心がけるがよい。時とは人の作用の謂じゃ。世界は、概観によるときは無意味のごとくなれども、その細部に直接働きかけるときはじめて無限の意味を有つのじゃ。悟浄よ。まずふさわしき場所に身を置き、ふさわしき働きに身を打込め。身の程知らぬ『何故』は、向後一切打捨てることじゃ。これをよそにして、爾の救いはないぞ。さて、今年の秋、この流沙河を東から西へと横切る三人の僧があろう。